レアル・マドリードの黄金期:始まりと終焉

今世紀初頭に、レアル・マドリードの黄金期が始まりました。これは、ペレス会長による、世界的に有名な選手との契約などをきっかけに始まったと言われています。

最後の更新: 15 2月, 2020

今世紀初頭のレアル・マドリードは、誰にも止められないほどの勢いで、その黄金期を築きました。

レアル・マドリードに所属する選手は、アイドル並みの人気でした。

この黄金期は、6年ほど続きました。

今回の記事では、レアル・マドリードの黄金期について説明します。

黄金期の開始

レアル・マドリードの黄金期は、2000年に、フロレンティーノ・ペレスが会長に立候補して当選したことから始まりました。

実業家であるペレスは、レアル・マドリードに革命を引き起こし、これまでの借金を清算して経済面での危機を脱出しました。

ペレスが下した最初の決定事項の一つが、国際的に活躍する選手の獲得でした。

2001年にはジネディーヌ・ジダン、2002年にロナウド、そして2003年にデビッド・ベッカムを獲得しました。

これには、2億ユーロの費用がかかりましたが、この投資はのちに数多くの勝利へと結びつきました。

6年の間、レアル・マドリードは、以下の大会で優勝しました。

  • スペインリーグ2回(シーズン2000-2001と2002-2003)
  • スーパーカップ2回(2001と2003)
  • インターコンチネンタルカップ1回(2002)
  • UEFAチャンピオンズリーグ1回(2001-2002)
  • UEFAスーパーカップ1回(2002)

さらにレアルマドリードは2004-2005のリーガエスパニョーラでは2位、2001-2002に3位になり、コパ・デル・レイで2回(2001-2002と2003-2004)2位になりました。

黄金期のスター選手

マドリードの黄金時代は、国際的に活躍する4選手に支えられていました。

レアル・マドリードの当時のスター選手をご紹介します。

1. ルイス・フィーゴ


画像:CNNインターナショナル

フィーゴは、最初ウィンガーとして活躍しましたが、後にミッドフィールダーとしてプレー、最終的にはセンターバックになりました。

2. ジネディーヌ・ジダン

ジダンは、フランスのサッカー史上最高の選手の一人です。

ユベントスでプレーした後、2001年にレアルマドリードに入団しました。

ジダンの獲得には、当時7350万ユーロが必要でした。

ジダンは、驚くほどのボールへのコントロール力だけでなく、信じられないほどのテクニックとビジョンを持った選手でした。

ミッドフィールダーとしては良い面と悪い面がありましたが、プレッシャーを感じる状況においても、常に最高のプレーを行うことができた選手の一人でした。

3. ロナウド

ブラジル出身のスター選手であるロナウドは、インテルミラノでプレーをしたあと、ブラジル代表チームで日韓ワールドカップを制覇しました。

2002年にレアル・マドリードに加わりました。

レアル・マドリードでの最初の3シーズン中、ロナウドはリーガチャンピオンシップだけで、68ゴールを決めました。

4. デビッド・ベッカム

マンチェスター・ユナイテッドから来たベッカムは、2003年にチームに参加した最後の国際的に活躍する選手でした。

あまりに高額だったベッカムとの契約金は、メディアでは報じられませんでした。

ベッカムは、素晴らしい右足と長いパスを打つ力がありました。

またベッカムのフリーキックは、信じられないほどすばらしいものでした。

これら4選手に加えて、当時のレアル・マドリードには質の高い選手が数多く在籍していました。

  • ゴールキーパー:イケル・カシージャス(スペイン)
  • ディフェンダー:ロベルト・カルロス(ブラジル)
  • ミッドフィールダー:グティ(スペイン)
  • フォワード:ラウル・ゴンサレス(スペイン)

チームはまた、2004年にイギリス人選手のマイケルオーウェン、そして2005年にはブラジル人選手ロビーニョと契約しました。

黄金期の終焉

この6年間でチームが獲得した成功と栄光、そしてチームが築き上げた素晴らしい評判にも関わらず、レアル・マドリードのファンとサッカー界は、ペレスの方針を受け入れませんでした。

2002-03年のリーガエスパニョーラで優勝した後、チームマネージャーはビセンテ・デル・ボスケ・ゴンサレス監督を、時代遅れになったと非難しました。

厳しい批判と勝利の数週間後、カルロス・ケイロスがデル・ボスケ監督の後任として就任しました。

これだけが、レアル・マドリードが抱えていた問題ではありませんでした。

ベッカムが入団する前から、レアル・マドリードには、ルイス・フィーゴというライトウインガーが存在しました。

また、デル・ボスケ監督を支持していた選手の何人かは、昇給の申し立てが拒否された後にクラブを去りました。

2004年、レアルマドリードは連勝を維持できず、リーガエスパニョーラの7試合のうち6試合を失いました。そのうち4試合はホームゲームでした。

これが黄金期が崩壊し始めたと言われる時期です。

レアル・マドリードは、高度な国際的な商業化に基づく経済モデルを備えた企業となりましたが、試合内容にはほとんど注意を払わなかったとも言われています。

黄金期を築いたスター選手は、それぞれ素晴らしい選手でしたが、自己中心的なプレーが多かったように感じられます。

フロレンティーノ・ペレス会長は、2006年に辞任したため、黄金期の終わりが見えましたが、ジダンとベッカムはチームを前進させ続けました。

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